死にたいって、言って良い。 精神保健福祉士ともひろのブログ

マイナス感情の中の望み(意欲)に気づいた時。

ライフワークにしたいこと。

カタルシス

 

とか

 

メンタルブロックが外れる

 

とか

 

無意識の思い込みが書き換わる

 

とか

 

解放される

 

とか

 

 

抽象度の高い表現だけど

 

 

自分の

 

 

意欲に気づくとか

 

望みに、得たいコトに気づくとか

 

その過程で自分に〇をつけれる瞬間に

 

 

 

それは起こるのかもしれない。

 

 

 

 

 

僕は

 

そんな瞬間に立ち会い続けて生きていきたい。

 

そんなきっかけになれる存在で在り続けたい。

 

 

 

 

 

人は

 

マイナス(と捉えられやすい)な感情に陥ったり

 

自分に×をつけたがったりするものだけど

 

 

 

充分に陥ればいい。

 

たくさん×をつければ良い。

 

 

そして、

 

自分が大切にしている

 

ヒト・モノ・コト・価値観に

 

気づいて。

 

 

それは自分の素晴らしさに気づくきっかけになる。

 

 

 

 

 

マイナス(と捉えられやすい)な感情にいる時

 

自分に×をつけたい時

 

 

 

わたしは何を大切にしたい人なんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

僕は

 

カタルシスの起こる瞬間に

立ち会い続けられるヒトで在りたい。

 

 

だからコーチングやカウンセリングを

 

 

ライフワークにしたい。

 

 

 

自分との関係がより良くなるにつれて

 

他者とも自然と分かち合えると想うから。

 

 

 

感情はあなたの〇〇にしていることに気づかせてくれるもの。

 

感情とは

 

 

大切にしているヒト、モノ、コト、

 

大切にしている価値観

 

 

に気づかせてくれるもの。

 

 

 

 

感情に囚われたっていい。

 

充分に浸ればいい。

 

 

 

 

 

その感情を感じることが出来るのは

 

 

私が何を大切にしたい人だからだろう?

 

 

 

それに気づいたら

 

そのエネルギーでもって

 

自分に他人に向き合って生きたい。

 

 

 

不倫を批判できるのは

不倫を批判できるのは

 

 

きっと大切な人がいるから。

 

 

大切にしたい人がいるから。

 

 

 

 

不倫を批判することを、

批判するつもりはなくて、

 

 

 

批判してイライラしてしまったのなら

 

 

 

大切な人たちに気づいて

 

 

 

 

そのエネルギーをその人たちに使ってあげて

 

 

その存在に気づいて感謝して

 

 

 

 

 

大切なことを、大切に。

傷ついても良い。

 

傷ついても良い。

 

どうおもわれるかビクビクしても良い。

 

怖いとおもっても良い。

 

嫌だな〜ておもっても良い。

 

 

 

 

 

成長とは

 

 

 

傷つくこととか

 

嫌われたらとか

 

怖いとか

 

嫌だなとか

 

 

 

 

そういったことたちが

 

次第に減っていくことだとおもっていた。

 

 

 

 

でも

 

 

 

生きてる限りそういったことは必ずある

 

そしてそれはとてもとても人間らしいことだとも想う。

 

 

 

確かに「結果」としては減るのでしょう。

 

 

でも

 

方法としては減らしていくことではなくて

 

 

減っていくという表現だと

 

知らず知らずのうちに

 

そう感じた自分のことを否定してしまうような気がして・・

 

 

 

 

減らすのではなく

 

 

愛せるようになることだと想ったんです。

 

 

 

「いまここ」で

 

感じてることに向き合う。

 

頭の中で感じてることを言葉にしてみる。

 

誰かに表現してみる。

 

自分を観察することを楽しむ。

 

 

感じたことをありのままにつぶやいてみる。

 

言葉にしてみる。

 

そうして

 

湧き上がってくる

 

望みや

 

得たいコトや

 

意欲に気づいてあげる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

傷ついても良い。

 

 

十分に感じきって

 

 

 

こう聴いてあげれば良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当はどうしたいの?」

 

 

 

避けたいコトが成されたら〇〇はある。

避けたいコト

 

 

たとえば…

 

 

嫌われたくない

笑われたくない

恥ずかしい思いをしたくない

馬鹿にされたくない

失敗したくない

傷つきたくない

みじめな思いをしたくない

怒られたくない

自分をダメなヤツだとおもいたくない

 

 

もっと

 

 

もっとたくさんあるのだろうけど

 

 

 

ある本にはこう書いてあった。

 

 

 

それが成された時、どんな気持ちですか?

 

 

あー嫌われなくて良かった。
笑われなくて良かった。
恥ずかしい思いをしなくて済んだ。
馬鹿にされなくて良かった。
失敗しなくてなんとかなった。
傷つかなくて良かった。
みじめな思いをしなくて済んだ。
怒られなくて良かった。
自分をダメなヤツだとおもわなくて済んだ。

 

 

 

 

どんな気持ちが残るだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胸を撫で下ろしたような

 

 

安心感だけが残るような気がする。

 

 

とても不安に覆われた安心感。

 

 

何かに脅えたなかの安心感。

 

 

 

避けたいコトから行動することを

もちろん悪いことだとは想わない。

 

 

むしろほとんどの人が

知らず知らずのうちにそうしているし

 

 

なにを隠そう

 

僕自身がそういう人生を歩んできたから。

 

それは自分を守るための

1つのカタチだから。

 

ただ自分には価値があるのだと想いたいだけだから。

 

 

 

 

 

ただ

 

人生が他人次第から自分次第になった時

 

全てを、

否定すらも肯定的に想えるようになった時

 

他人の「存在」から

エネルギーを受け取れていることを感じれた時

 

 

ヒトは

自分にたいしてであれ、

相手にたいしてであれ、

愛情から行動してるのだと腑に落ちた時

 

 

 

 

より深い安心感に包まれながら

行動出来るのだと想う。

 

 

避けたいコトが成されたら

不安に覆われた安心感はある。

 

 

得たいコトが成されたら

いろんな喜びがある。

 

リスクを感じる時は

「避けたいコト」が顔を出してるのかもしれない。

 

 

 

そんな時また自分に聴いてみる。

 

 

 

私次第で得られるコトはなんだろう?

私にはどんな意欲(望み)があるのだろう?

 

 

 

 

避けたいコトから行動する時

得たいコトから行動する時

 

その人が漂わせる雰囲気は違うように想う。

 

私この仕事に向いてないのかな・・

 

私この仕事に向いてないのかな。。

 

 

と言う人がいる。

 

 

僕自身にもそういう時期はあって・・

 

 

 

そんな時想ったことは

 

 

向いているのか

 

そうでないのか

 

 

よりも

 

 

向いている仕事に「したい」

 

のか

 

したくないのか。

 

 

 

 

その仕事が自分に向いているのかどうかは

 

じっさいのところわかりにくいように想う。

 

僕はいまの精神保健福祉士という仕事が

 

自分に向いているとは想ってる。

 

 

でも

 

向いている仕事に「したい」

 

という気持ちが先にある。

 

出来ないところに目が向いても良い。〜得たい欲と避けたい欲〜

精神障がいがあって

 

最近仕事を始めた人がいる。

 

 

振り返りを含めて話を聴くのだけど

 

自分の出来なかったところばかりに

目が向いている。

 

自分には出来ないのかな、

 

とか

 

もう辞めたほうがいいのかな

 

とか。

 

 

 

 

僕は、

 

小さなことでいいから

出来たところを紙に書いてみて

 

自分を労ってあげてね。

 

 

と、よく言っていたのだけど・・

 

 

 

そもそも。

 

 

出来ないところに

気持ちが向いていることって悪いんだっけ?

 

 

と気づく。

 

 

気持ちがそっちに向いているのなら

 

十分にそれを感じさせてあげること。

 

 

そうすることで、

 

 

どんな意欲(望み)があるのかに

気付いていく。

 

 

1人では自分自身に向き合うことは

 

辛くなることもある。

 

だからこそ

 

 

ラビングプレゼンスで、

全肯定の姿勢で、

 

 

本当はどうしたいのかな?

 

って聴いてあげたい。

 

 

 

ひとが行動する時は

 

2つの欲があるそうで。

 

 

得たい欲

 

 

避けたい欲

 

 

ヒトはほっとけば

 

大体避けたい欲で動いているらしい。

 

嫌われたくない。

笑われたくない。

失敗したくない。

傷つきたくない。

自分をダメなヤツだとおもいたくない。

 

 

自分にすごく当てはまる笑

 

 

 

得たい欲は何だろう。

 

 

 

避けたい欲も想っていい。

 

 

十分に感じてから

 

 

気づくようになってから

 

 

少しずつ

 

 

避けたい欲の裏にある

得たい欲を行動の源にしていく。

 

 

 

出来ないところに目が向いても良い。

 

十分に感じさせてあげてから

 

意欲に気づくきっかけになってから

 

安心感をもって

つながり感をもって

自己肯定感をもって

 

得たいことに取り組めるよう

 

 

寄り添って生きたい。

 

 

もちろん

 

僕自身に対しても。