自分のために生きていこう。 ともひろのブログ

旧:死にたいって、言って良い。 精神保健福祉士ともひろのブログ〜マイナス感情の中の望み(意欲)に気づいた時。

転職に罪悪感を感じた時は

転職することを職場に伝え始めてから

 

 

どうにも罪悪感がたくさん湧いてきた。

 

罪悪感から同僚とかと一緒にいる時に

 

変に距離をとってしまう。

 

 

 

 

転職すると

 

自分は何に困るのか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色々あるけど

 

 

 

根本は

 

 

 

自分はいまの職場を見捨てる。

 

 

 

って感覚になってた。

 

 

 

 

これ、どういうことかというと

 

 

今日気づいたのだけど

 

 

 

自分がいないと職場がダメになるとか

 

 

自分がいなくなると同僚たちが苦しむとか

 

 

 

そんな気持ちがあった。

 

 

 

 

でもこれって、

 

 

 

要は

 

 

 

同僚たちをある意味

 

無力な人だと捉えていたってことなんです。

 

 

 

 

自分のそんな気持ちに気づけたら

 

 

 

気づけた俺って偉いなぁと

 

 

自分をねぎらって

 

 

 

本当に自分がいないと

 

職場はダメになるのか?

 

 

って自分に聴いてみる。

 

 

 

 

 

そんなことなくて、

 

 

 

 

 

同僚たちも上司も

 

 

無力なんかじゃない。

 

 

 

むしろ良かれ悪かれ

 

好きでその職場にいるわけで

 

 

 

むしろとても意欲があって

 

 

信頼できる人たちなわけで

 

 

 

 

 

そう想うと自分いなくても

 

全然大丈夫じゃん

 

 

と想えたのです。

 

 

 

 

 

僕にありがちなのは

 

 

 

知らず知らずのうちに

 

 

相手を無力な人だと捉えてしまうこと。

 

 

 

無力だと捉えた人たちのことを

 

 

救いたいと想うとこ。

 

 

 

 

それ自体、自分の意欲は素晴らしいと想う。

 

 

 

 

 

ただ、そう想えたのなら

 

 

 

 

仲間の力を、意欲を信頼することだ。

 

 

 

 

自分がいなくても大丈夫。

 

 

 

 

むしろ、僕が僕の人生を大事にすることが

 

 

 

巡り巡ってみんなのためになる。

 

 

 

 

 

 

そもそも、無力な人たちなんかいない。

 

 

 

 

 

 

これからは

 

 

 

みんなの意欲をもっと

 

 

 

 

信頼する自分でいたい。

 

 

 

 

転職に罪悪感を感じたときは

 

 

 

職場の人間を信頼して

 

 

自分の人生を大切にして

 

 

自分に出来ることをやろう。

 

 

 

 

 

僕に出来ることは

 

 

仲間と協力しあって

 

 

つながりをたくさん度合いで感じて

 

 

度合いを高めて

 

 

 

応援してもらって

 

 

応援して

 

 

 

 

 

罪悪感を感じたのなら

 

 

 

素直に表現して

 

 

 

 

それからありったけの

 

感謝を込めて

 

 

 

 

 

新しい出会いに向かおう。

 

 

 

 

 

 

僕のやりたいことは

 

 

 

 

 

業界を今以上に元気にすること。

 

 

 

 

 

少人数の利用者さんたちと

 

 

深く関わって

 

 

 

成功事例をつくって

 

 

 

 

 

そのノウハウを

 

 

 

 

たくさんのところに伝えていくこと。

 

 

 

 

 

もっと

 

 

 

 

当事者たちが

 

 

 

 

自分の体験談を

 

 

 

地域の人たちに

 

 

 

精神科にいる人たちに

 

 

 

 

伝える場をつくること。

 

 

 

 

 

 

そうして、その話を聴いて

 

 

 

当事者への偏見が薄まり

 

 

 

自分も働いてみたい!

 

 

 

となる人が増えたり

 

 

 

そんな循環をつくりだすこと。

 

 

 

 

 

 

 

自分がいなくても

 

 

 

 

 

そんな循環がまわること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな理想を叶えたい。

 

 

 

 

 

つながりを感じるために必要なこと その2

どうにもこうにも

 

他人と繋がってる感覚がわからない

 

仲間だという感覚がわからない

 

 

 

 

 

そんなことが多かった。

 

 

 

 

 

これって原因はとても簡単で

 

 

 

つながりを感じたかどうか

 

で考えていたわけ。

 

 

仲間かそうじゃないか

 

 

 

 

要は0パーセントか100パーセントでしか

 

 

捉えようとしていなかったってこと。

 

 

 

 

 

 

僕の場合は

 

 

特に知らず知らずのうちに

 

 

0/100で考えている癖は多い。

 

 

 

というか、

 

 

自分の中で何かうまくいかないな

 

 

苦しいな

 

 

となりだすパターンは

 

 

これ。

 

 

 

 

自分の中に潜んでる0か100で

 

物事をみる癖に気付こう。

 

 

 

 

 

自分のパターンを知ることは

 

 

とっても大事で

 

 

知ってれば解消も早い。

 

 

 

 

習慣になってくると

 

 

 

同じことで悩まなくなっていく。

 

 

 

悩んでいたことさえ

 

忘れていくこともある。

 

 

 

 

つながりを感じることは

 

 

自分だけで出来る。

 

 

 

 

あなたのまわりにいる人たちとの

 

 

つながりの度合いは

 

 

仲間だと想えている度合いは

 

 

 

どれくらいですか?

 

 

 

 

 

 

 

自分を責める癖がだいぶなくなっているからだろうか

 

 

 

度合いが例え低くても

 

 

 

それならば

 

どうやって増やそうか?

 

 

となる自分がいる。

 

 

 

 

 

僕は転職の話を職場に

 

伝え始めたけど

 

 

職場の仲間との

 

 

仲間だという感覚は

 

 

 

 

持ち続けていたい。

 

 

 

 

度合いで感じたら

 

 

0は絶対なくて

 

 

意外と高く感じてるんだなと

 

 

わかった。

 

 

 

 

それだけでも嬉しいし

 

 

 

そんな感覚やエネルギーでいると

 

 

まわりの反応もまた変わってくるのだろう。

 

 

なんだかうまくいかない

 

 

苦しいと想いだした時

 

 

あなたの中には

 

 

 

僕の中には

 

 

 

 

 

どんな0と100の考えが

 

気持ちが浮かんでいますか?

自分の中の我慢に気付こう。

怒りや

 

悲しみや

 

さみしさや

 

罪悪感や

 

不安、恐れ。

 

 

嬉しい

 

楽しい

 

大好き

 

喜び。

 

 

 

 

 

いまにとどまって

 

いま自分に湧いてきてるのは

 

何だろう?

 

と、

 

いまの自分に問いかけてみて。

 

 

 

 

僕はいまこのブログを書いている。

 

 

ブログを書いているときは

 

もちろんひとりの時。

 

 

そう、

 

要は

 

さみしさ感じたんです笑

 

 

だから、

 

このブログを描くことで

 

 

読んでくれる人と

 

つながりを感じることも出来るし

 

描きながら

 

僕と似たように

 

自分と向き合って

 

毎日を、いまを

 

生きている仲間のことを感じることができる。

 

 

 

そうして、勝手につながりを感じて

 

 

自分の中のさみしさが満たされていく。

 

 

 

 

湧いてきた感情は

 

素直に認めてあげること。

 

 

認めずに、知らず知らずのうちに

 

我慢して

 

溜め込まれていくと

 

自分の中に溜まっていく。

 

 

 

どんな感情も、必ずなにかの役に立つ。

 

 

 

さみしいっ、と呟くことが出来たなら

 

いま自分は何をしたいのか

 

何を感じたいのか

 

意欲を感じてあげること。

 

 

 

つながりを感じたい!

 

 

となって、

 

 

自然とブログを描き始めたのでした。

 

 

 

 

 

イライラするって呟いていい。

 

そこには何か

 

わかって欲しいことや、

 

何かやりたい気持ち、

 

があるのだろう。

 

 

悲しいって呟いていい。

 

目に見える何かは

 

失ってしまったとしても

 

あなたの中には

 

何か大切な記憶が、まだ在るのだろう。

 

 

さみしいって呟いていい。

 

あなたの中には

 

つながりを感じたい

 

たくさんの

 

大事な人たちが在るのだろう。

 

 

申し訳ないって呟いて良い。

 

あなたには

 

申し訳ないって思えるくらい

 

力になりたい、

 

仲間でいたい、

 

好きでいたい、

 

 

そんな人たちが在るのだろう。

 

 

怖いって呟いて良い。

 

 

あなたの中には、

 

あなたを大事にしたい気持ちが

 

在るのだろう。

 

 

 

 

どの感情も

 

いまにとどまってみれば

 

自ずと湧いてきて、

 

気づけるようになるだろう。

 

 

なかったことにするのでなく、

 

 

一度呟いてみよう。

 

誰かに表現しても良い。

 

 

どんな感情も

 

なにかの役にたつ。

 

 

そう想って表現してみれば

 

 

たくさんの

 

自分の

 

本当に表現したかったことに

 

気づけるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の中の我慢に気付こう。

 

 

怒りも

 

悲しみも

 

さみしさも

 

罪悪感も

 

不安や恐れも、

 

嬉しいや楽しいや、大好き

 

もそう。

 

 

 

 

 

どんどん呟こう。

 

 

どんどん表現しよう。

 

 

 

 

 

 

イライラする!

 

悲しいなぁ

 

さみしいなぁ、ひとりだなぁ

 

申し訳ないなぁ

 

こわいなぁ

 

嬉しいなぁ

 

楽しいなぁ

 

大好きだなぁ

 

 

 

 

そうしてみたら

 

 

 

どんな意欲に気づきましたか?

つながりを感じるために、最も必要なこと。

僕がこれまでに生きてきた中で

 

最も感じないようにしていたこと。

 

最も認めたくなかったもの。

 

自覚したくなかったこと。

 

気づかないようにしていたこと。

 

 

それは、

 

 

自分の中の

 

さみしい

 

という感情だった。

 

 

 

最初の転校をしてから

 

どうしても人付き合いが苦手だった。

 

 

それから

 

自分なりに

 

もがいてもがいてきた。

 

 

 

あの頃の自分は

 

 

さみしいとか

 

 

言ってる場合じゃなかったんだ。

 

 

さみしさを感じてしまったら

 

 

それに押しつぶされそうだったから。

 

 

 

 

 

ずっと気づかないようにしてきた。

 

 

 

 

職場でも

 

どうしても人の輪に入ろうとするのが

 

どうしようもなく苦手だった。

 

 

苦手だということすら

 

感じないようにしていたのだけど

 

 

今日、ふとした瞬間に

 

 

自分のさみしさを認めてしまった。

 

 

 

俺ってさみしかったんだな、と。

 

 

 

身体で、腑に落ちた。

 

 

 

初めて認めることが出来た。

 

 

 

 

人とつながりを感じるために

 

最も必要なことは

 

自分の中のさみしさを

 

認めることだ。

 

俺ってさみしいんだなぁと

 

つぶやけるかどうか

 

 

さみしさを認めないままで

 

 

どんなに他人と共通点を見つけたって

 

少ししか満たされない。

 

 

 

さみしさは、

 

誰かと離れている、という感覚なのだけど

 

 

さみしさを感じることは

 

とても素晴らしくて

 

それだけつながりを感じたい大事な人たちが

 

いるということ。

 

 

 

いま、自分はさみしいんだなぁと

 

気づいたら

 

よく気づいたねって

 

自分をねぎらって

 

大切な人たちとの共通点を

 

たくさん感じたらいい。

 

 

 

 

さみしいって感じても良い。

 

さみしさを味わって

 

つながりたい自分の意欲に気付こう。

 

それをねぎらおう。

 

 

 

そうすると、

 

 

自ずと大切な人に

 

 

声をかけている自分に

 

 

出会えるだろう。

 

 

 

 

今日は職場の大切な同僚に

 

転職することを伝えてきました。

 

転職すると伝えても

 

変わらず応援してくれる仲間がいて

 

自分は幸せものだなぁと

 

ひしひしと感じている。

 

 

 

いまは自宅に帰ってきて、

 

1人部屋の中で

 

さみしさを感じたりしているのだけど、

 

 

このブログを通して

 

つながりを感じることが出来る。

 

 

 

さみしさは

 

僕の心のブレーキの根源だったように想う。

 

 

さみしさは悪いものではなくて、

 

つながりの大切さを

 

つながりを感じたい大切な人を想い出さしてくれる。

 

自分の中のつながりを感じたい、

 

という意欲にも気づかせてくれる。

 

 

 

大切な仲間とも

 

このブログを読んでくれてる人とも

 

 

つながりを感じて

 

満たされている気持ちでいっぱいです。

 

 

 

 

 

いつも、ありがとう。

 

 

別れを肯定する。

 

僕は

 

父親の仕事のこともあって

 

転校を2回したことがある。

 

それから

 

高校は寮に入り

 

大学は

 

関西へ行き

 

はたまた

 

いまの仕事をするために

 

鹿児島に帰ってくる。

 

 

そんでもって、

 

 

いまは転職先も決まり

 

これからは

 

職場に退職意思を伝えていく段階なのだけど

 

 

 

振り返ってみると

 

たくさんの別れがあったなと思う。

 

 

 

もともと、

 

抑圧してたさみしさが疼くこともあって

 

別れは嫌いだったのだけど

 

 

さみしさも十分に感じられるようになってくると

 

 

別れの素晴らしさも分かるようになってきた。

 

 

 

別れる時

 

誰かと離れる時

 

もちろんさみしさもあるのだけど

 

ちゃんと感じられたら

 

その人との

 

その人達との

 

つながりを深く感じることができる。

 

 

 

 

別れのおかげで

 

 

つながり感は深まる。

 

 

 

これまでは

 

別れは自分を辛くさせるものだと

 

思っていた。

 

 

でも、いまは

 

別れはつながり感を深めてくれるものだと

 

思っている。

 

 

 

そんな気持ちから

 

職場とかから

 

離れることは今回が初めてになるだろう。

 

 

 

誠心誠意向き合って

 

誠心誠意、

 

受け取って、

 

自分の気持ちを伝えて、

 

 

 

 

 

よりつながりが深まる機会にしたい。

 

 

 

 

〇〇と応えることは別 その2

仲良くなりたいという気持ちを受け取ることと

 

仲良くすることは別で、自分で選べば良い。

 

 

期待を受け取ることと

 

期待に応えることは別で、自分で選べば良い。

 

 

愛されることを受け取るのと、

 

愛することは別で、自分で選べば良い。

 

 

 

 

 

 

 

受け取ると、応えなければならない

 

 

 

そういう思い込みが

 

 

いつしか出来てしまっていると

 

 

 

相手から

 

仲良くなりたい!

 

期待したい!

 

愛したい!

 

ときた時に

 

距離をとってしまう。

 

応えられない自分を責めてしまうこともある。

 

そんな自分を責めたくないから

 

人によっては相手に嫌悪感すら感じる人もいるし、

 

 

僕にもそんなところはあった。

 

 

 

 

相手に

 

何かしらの気持ちを向けられて

 

イヤな感じがする時は

 

 

それに応えなければいけないとか

 

何か億劫に感じる時は

 

思い込みがある時かもしれない。

 

 

 

自分が相手に何かしらの気持ちを向けて

 

 

相手が応えてくれない!

 

 

となったときも

 

 

何かあるのかもしれない。

 

 

それは、全然悪いことじゃなくて

 

 

その人には

 

そうならざるを得なかった理由がちゃんとある。

 

 

 

でも、そんな人に出会えて

 

 

 

そんな自分を変えたいんです。

 

 

そんな自分はイヤなんです。

 

 

そう訴えるのなら

 

 

 

 

その人には

 

 

おめでとう!

 

 

と内心で言うだろう。

 

 

 

 

なぜなら

 

 

 

 

過去の

 

 

小さい頃の

 

 

自分を癒す準備が整ったから。

 

 

 

 

 

 

 

小さい頃の自分を

 

 

 

今の大人になった自分が迎えてあげよう。

 

 

 

 

 

受け取ることと

 

 

応えることが別だと腑に落ちたとき

 

 

 

それまで受け取れなかった

 

たくさんの想いを

 

 

大人になった自分が

 

 

受け取れるだろう。

 

 

 

 

 

実際のところ

 

 

僕は

 

 

それまで受け取れなかったことが

 

 

今になって

 

 

たくさん受け取れた。

 

 

 

そうして、

 

 

たくさんの〜して欲しいという

 

 

子供時代に封印していた望みを

 

 

たくさん満たして行く。

 

 

 

 

 

 

何か受け取ることに億劫に感じたら

 

 

過去に同じようなことがなかったか

 

遡ってみる。

 

 

何か出来事を思い出したなら

 

 

その時の自分を思い出して

 

 

言いたいことをたくさんいわせてあげる。

 

 

 

そんな気持ちを受け止めながら

 

 

当時の自分に

 

 

今の自分が言ってあげたいコトバを

 

かけてあげる。

 

 

小さい頃の自分を

 

今の自分が迎えに行けるように。

 

 

切り離されていた自分と一緒になるために。

切り離されていた自分を迎えに行く

昨日はコーチング講座があり

 

講師に自分のテーマを伝えてたこともあって

 

 

僕のテーマを題材に

 

途中途中解説が入りながら

 

 

他の参加者にコーチングをしてもらう形式だった。

 

 

 

子供の頃に作り上げたトラウマ

 

そんなことがフラッシュバックして

 

それを語って行く。

 

 

僕は子供の頃転校した時に

 

強烈に感じた

 

さみしさ

 

を思い出した。

 

それから仲良くしようとしてくる人たちを

 

敵に見立てたことを思い出した。

 

 

当時はさみしさを必死に押し殺していた。

 

寂しくなんかない。

 

そんな気持ちから

 

たくさんの人たちが仲良くしてくるのを

 

はねのけていた。

 

 

転校先の人たちと仲良くする。

 

 

その前の人たちを裏切る。

 

そんな思い込みが出来ていたんだ。

 

 

 

 

いつしかそれは忘れていたのだけど

 

その思い込みがあるからか

 

さみしさを押し殺して

 

いつしか感じなくなっていたからか

 

どうしても人と仲良くなるのは苦手だった。

 

 

 

 

当時の自分に、何て声をかけてあげたいですか?

 

ホントにさみしかったんだね。

 

一人でよく頑張ったね。

 

本当は、

はねのけたくなんかなかったよね。

 

みんなと仲良くしたかったんだよね。

 

 

 

そんなコトバをかけていくと

 

 

泣けてきた。

 

 

 

そして、

 

 

今まではねのけていた映像が

 

フラッシュバックされていって

 

今の自分がきちんと受け取れたんだ。

 

 

本当はたくさんの人たちから

 

愛されていたことを。

 

仲良くしたいという気持ちを。

 

 

 

不思議なもので、

 

 

一度切り離した

 

分離した自分を

 

迎えに行くと

 

統合すると

 

 

人を味方だと思うようになった。

 

 

 

自然と

 

人と仲良くなりたい。

 

そう思えるようになった。

 

 

 

これまでどれだけ

 

否定的な思い込みを手放してきても

 

どこか

 

引きずられる感覚があった。

 

 

 

 

今回のことで、

 

その根っこの扉が開いた感じだ。

 

 

 

 

 

実家に帰り

 

母と父に驚くほど

 

話したいことが自然と湧いてきて

 

気づいたら声をかけている。

 

母と、父と、僕とで

 

三人で笑いながら話す。

 

 

なんだか初めて深い深いところで

 

家族と繋がった。

 

 

 

 

ここでも泣きそうになって

 

さすがにこらえたんだけど、

 

 

 

 

分離した自分を統合すること。

 

 

 

ハートが開く。

 

 

 

 

繋がりを深く感じられる自分になった。

 

 

 

今日からは

 

またどんな自分の変化に気づけるだろう?

 

 

 

繋がれる喜びを

 

 

もっと

 

 

もっと

 

 

 

感じて行きたい。