死にたいって、言って良い。 精神保健福祉士ともひろのブログ

マイナス感情の中の望み(意欲)に気づいた時。

妄想してますか 創造してますか

何かに取り組むとき

 

 

億劫になることがある

 

 

なんだか気がすすまない

 

 

そんな時は

 

頭は

 

こんなことが起こったらどうしよう

 

とか

 

〜されたら嫌だな

 

とか

 

うまくいかなかったら・・・

 

とか

 

考えてる

 

 

 

想像って2種類あるなと

 

恐れを軸にした

 

妄想の世界

 

他人に左右される世界

 

〜れる、られるの世界

 

 

一方で

 

 

愛情を軸にした

 

創造の世界

 

自分次第の世界

 

〜したい、してあげたい

 

自分が楽しみたい、

相手を楽しませることで自分も楽しみたい

 

 

 

妄想してるのか、創造しようとしてるのか

 

自分に問いかけるようにしよう。

 

 

 

 

ただ

 

脳は現状維持が大好き

 

それは何年もつちかけて

 

自分自身を守ってきた(と脳が思っている)

パターンだから。

 

変えたら危ないと、安心したくて

ブレーキをかけてくる。

 

 

 

だからこそ、

 

新しいことに

 

これまでと少し違うことに

 

取り組む時

 

小さな目標を持つことを大事にしよう。

 

 

例えばランニングをしてる時

 

決めたゴールの途中に

たくさんの小さなゴールを設定する。

 

その度に自分を労いながらすすむ。

 

 

日常もこんな風にしていけばいいのかと、

妙に腑に落ちた。

 

 

行動から小さな変化を創って続けていくと

 

だんだん脳がそっちの方に慣れてくる。

 

だんだんそっちのほうが安心出来るのだと気づいていく。

 

 

 

恐れの妄想に囚われることを

 

否定するつもりはなくて、

 

人間らしくてむしろ好きなくらいで、

 

ただ、そんな時

 

その裏にある自分の創造したい意欲を感じるようにしたい。

 

 

声をかけて、無視されたら嫌だな〜とか

 

思う時は

 

単純に私はその人と仲良くなりたかったり

 

つながりを深めたいんだなって

 

私がどうすればそうなれるかなって

 

 

 

 

 

恐れの妄想は考えたところで、

相手次第なのだからコントロールは難しい。

 

 

でも、恐れは感じて良い。

十分に感じ切らないと元に戻ってしまうから。

 

恐れの分だけある自分の意欲を

自分の望みを、自分の愛情を大事にしてあげよう。

 

 

 

妄想してますか

創造してますか

 

自分が話してはいけない。

話したくないと思ってることを

 

この人になら話してみたいと

 

想わせる、

 

 

そんな人で在りたい。

 

 

 

 

 

 

 

話したくないことは、

本当は

誰かにわかって欲しいことだと想うから。

 

 

 

話す相手が僕でなかったとしても

 

誰かに打ち明けてみたい

 

そう想えるきっかけになれるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分のことを

コミュニケーションが苦手な人だと

捉え続けてきた。

 

 

 

言いたいことが言えない。

 

 

だからこそ、

 

そんな人たちの

 

自分を表現するきっかけになりたいと。

 

 

 

そんな想いから

 

学び続けてきたのは

 

傾聴や

 

カウンセリング、

 

の類だった。

 

 

 

 

 

そんなことを繰り返し続けてるうちに

 

ある思い込みが自分の中にあったことに気づいた。

 

それは

 

 

自分が話してはいけない。

 

 

 

 

話し上手は聞き上手というが、

 

それは相手が話す気になってる時だ。

 

 

話す気にするには、

 

自分のことも話す必要がある。

 

 

自分のことばかり話してて嫌がられないか?

 

 

実際自分のことばかり話す人は僕は苦手。

 

 

ただ、その時何が起こってるのか

 

 

こいつホント自分のことしか話さんな〜

 

とか思い始めた時

 

 

自分もしゃべりたいな〜

 

と思い始めてる。

 

 

相手のそんなサインに気づいたら

 

聴くことに集中していけば良い。

 

 

 

 

 

まず話す気になってもらう為に

 

話したい!という意欲を湧かせるために

 

 

互いに深いところでつながれるように

価値観や大切にしてること、

大事なことで共通点を共有出来るように

 

 

自分のことを先に表現してみようと想う。

 

 

めんどくさいです。

めんどくさい

 

 

が口癖の人がいる。

 

 

めんどくさい、

もうここにきたくありません。

 

 

 

その表現をそのまま受け取っていた僕は

 

 

 

あ〜どうしたもんかな〜

 

っておもっていたものだけど。

 

 

 

 

 

 

ふと、

めんどくさいというその言葉の裏には

 

 

どんな意欲が隠れているのか

 

 

めんどくさいという言葉を通して

 

 

何を訴えたいのか

 

 

想いを馳せてみた。

 

 

 

 

こたえはとても簡単で

 

 

あぁただきちんとしたいだけなんだなって

 

 

完璧主義。

 

 

その想いが無意識にでも強くあると

 

 

色んなことが億劫になる。

 

 

どうして?

 

 

自分の不十分さや未熟さばかりに

目が向くようになるから。

 

 

 

 

 

僕は完璧主義傾向はけっこうある。

 

 

いきなり頂上を目指そうとする。

 

どの頂上を目指そうかとか

 

その為に必要なものを準備したりとか

 

登って行く時間とか

 

頂上までの時間を楽しもうとしてなかったりする。

 

たどり着くまでの時間を楽しむ。

 

 

結果はおまけみたいなもの。

 

 

道中楽しめたぶんだけきっとついてくる。

 

 

 

 

 

 

めんどくさい

 

 

その言葉の裏の意欲に気づけた時

 

 

その人はなんて意欲的なんだと

 

 

相手に対する自分の捉え方が変わる。

 

 

 

 

次その人に会うときは

 

十分にその意欲をねぎらった上で

 

 

小さな目標を一緒に組み立ててみたい。

 

 

 

 

 

 

 

めんどくさいとおもっていい。

 

 

 

十分に自分の意欲をねぎらってから

 

 

 

小さな小さなことから

 

 

 

積み上げていきたい。

 

 

 

 

帰りたくなりました。

帰りたくなりました。

 

 

突然そう言いにきた利用者さん

 

 

そうなんだ

どうしてかな〜

 

 

って話を聴かせてもらう。

 

 

あんまり言葉にできなくて、

よくわからない。

 

 

どんな感じなの?

 

 

なんかもやもやして整理できてない感じ。

 

 

 

 

そうなんだ

 

 

じゃあゆっくりでいいから

気がむいたら自分の気持ちを紙に書いてみては?

 

 

 

しばらくすると

書いてきた紙を渡しにきてくれた。

 

 

 

そこには

 

 

みんなに嫌われてる気がする

 

とか

 

独りだ

 

とか

 

もうイヤダ!

 

 

と、

 

 

書いてある。

 

 

 

 

書いてきてくれた意欲

僕にみせたいとおもってくれた気持ちに

 

嬉しくなりつつ

 

 

ありがと〜と言いながら聴いてみる。

 

 

 

本当はどうしたいのかな?

 

 

 

 

みんなと仲良くなりたいんです。

 

 

 

 

 

その人の意欲のほうを

 

その人自身の言葉にしてあげること。

 

 

 

自分の意欲のほうに気づいたその人は

 

 

少しずつだけど

 

 

他の人たちとも自ら

コミュニケーションを取り始めた。

 

 

 

 

その人の言葉の奥にあるもの

 

その望みをその人自身の言葉で

 

表現させてあげることが

 

どんな意味を持つか

 

実感させてくれた出来事でした。

〜したい、してあげたい、の世界

恐れや不安が先立つ時

 

 

そこには

 

〜してほしい

 

とか

 

〜される

 

とか

 

もしこう思われてしまったら

 

 

という気持ちがあるようにおもう。

 

 

受動的な世界

 

他人に左右される世界

 

他人に私の感情を

決められているかのような世界

 

 

 

 

 

〜したい

〜してあげたい

 

その気持ちを中心に生きれたら

 

 

主体的な世界

 

 

私を生きる世界

 

 

私の感情は私次第

 

 

 

 

になるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

〜してほしいとおもっていい。

 

〜されたくないとおもっていい。

 

 

そんな時

 

どんな

〜したい

〜してあげたい

 

 

意欲が自分の中にあるか

 

 

 

気づいてあげるようにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

他人と比べてしまう時

誰かと自分を比べてしまう時

 

 

それ自体悪いことじゃない

 

 

比べることで、

相手の素晴らしさに気づけるし

自分の素晴らしさにも気づけると

想うから。

 

 

 

比べることで苦しくなる時

 

 

相手の素晴らしさを、

自分を責める材料にしてることがある

 

 

責める代わりに

何に気づかせてくれたんだろう?

 

そう想えば

 

その人に対して感謝の気持ちが

湧くかもしれない。

 

 

ただシンプルに

この人には

こういう良いところがあるんだなって

 

 

あいてのせかいはあいてのもの。

わたしのせかいはわたしのもの。

 

 

 

自分のことを責めても良い。

 

それは自分の

〜したい、〜で在りたい

 

という意欲に気づくきっかけに

出来るのだから。

 

 

再開。

コンビニでの出来事

 

 

僕の会計中に隣におばちゃん

 

 

店員さんは商品を機会にとおしていってる

 

 

おばちゃん

 

「お金がないんだけど、お金がないんだけど」

 

 

カゴには4つくらいの商品

 

 

 

順番待とうよ

 

とか

 

金ないのに商品多くない

 

とか

 

 

そんな自分の声がきこえてくる。

 

 

 

 

でも、不思議だなっておもったのが

 

 

 

ああ、

この人はただ安心したいだけなんだろうな

 

って自然に想えたこと。

 

 

自分を安心させたくて

横から声をかけていくその意欲

 

 

 

それがよりベストなのかはおいといて

誰しも自分を大事にしたくて行動してる。

 

そのベクトルは自分かもしれないし

相手に向けてるのかもしれないし

相手を通して自分に向けてるのかもしれない。

 

 

 

そんなことに気づくことが増えていくと

 

目の前の出来事がより優しく想えるのだと

感じさせてくれるきっかけをくれた

 

おばちゃんありがとう。

 

 

そして、

そんなとこに想いを馳せた自分に

いい感じ!

と○を足して上げよう。

 

 

度合いはどうあれ、なにかしら成長してる

 

そう想えたら

 

日々成長を実感し続ける毎日と想えたら

 

 

より明日が楽しみになるのでしょう。