死にたいって、言って良い。 精神保健福祉士ともひろのブログ

マイナス感情の中の望み(意欲)に気づいた時。

出来事を〇〇の材料にしないこと。

「出来事」を、

 

 

「自分を責める」材料にしないこと。

 

 

「相手の素晴らしさ」を、

 

 

「自分を責める」材料にしないこと。

 

 

 

 

 

 

自分の外側の世界も

 

 

自分の内側の世界も

 

 

 

 

 

全ては

 

 

「気づき」と「発見」

 

 

だと思えるのなら

 

 

 

 

「自分を責める」ことは、

 

 

プラスのエネルギーに転じて

 

 

「気づき」と「発見」になり

 

 

 

 

 

より人生が豊かになるのでしょう。

出来事に〇〇はない。

「わからない自分」でもいい

 

「自分には価値がない」と思ってもいい

 

 

「出来事に意味はない」

ただそのままの出来事という「事実」

が目の前にあるだけ。

 

 

 

「わからない自分」に

「それでもいいんだよ」

 

と、

 

声をかけてあげられるから

 

認めてあげられるから

 

わかりたくなる。

 

そして、

 

「気づいたこと」

 

「新しく知れたこと」

 

 

「喜び」を感じれるようになる。

 

 

 

自分には「価値」があってもなくてもよくて

 

ただの「ヒト」なんだと気づくこと。

 

 

価値をつけるのは、

意味をつけるのは、

 

 

「自分」なんだと思えてくると、

 

人生が「自分次第」になってくる。

 

 

 

 

 

「出来事に意味はない。」

 

ただ目の前に淡々と「事実」があるだけ

 

 

 

 

ヒトは、事実だけをみることは出来ない。

 

 

でも

 

 

可能な限り「事実」をみてみること。

 

可能な限り「事実」に一度戻ること。

 

 

それに慣れていくと

 

 

「事実」に意味をつけるのは

 

「自分次第」なんだと気づいていく。

 

 

 

そうやって、

 

人生は自分次第なんだと

 

気づけるようになっていく。

 

 

 

 

 

「わからない自分でもいい。」

 

「自分はただのヒトなんだと気づけばいい。」

 

 

出来事という「事実」に意味はなくていい。

 

 

 

だから、

 

 

わかったこと、

気づいたことに、

「喜び」を感じることが出来る。

 

 

だから、

 

 

自分には

 

「価値がある」

 

と感じることが出来る。

 

 

 

 

出来事という事実に意味はないことを

 

気づくことから

 

 

 

人生は「自分次第」なんだと

 

 

 

 

気づけます。

 

 

 

これを読んでくれた方の

 

「気づき」に少しでも役立てますように。

 

 

 

 

このブログにたどり着いてくれたことに

 

 

心から感謝を込めて。

 

 

自分をねぎらうこと

統合失調症とか

 

いわゆる精神障害があるメンバーさんたちに

 

 

自分のことをねぎらってますか?

 

 

という話をすると

 

 

キョトンとされる方が多い。

 

 

 

 

そんな発想はなくなっていたのか

 

 

いつしかしなくなってたのか

 

 

 

 

僕もそうだった。

 

 

 

 

はじめて聞いたときは

 

 

そんなことして、どうかなるのか

 

慰めみたいでイヤな感じがするとか

 

 

 

思ってた。

 

 

 

 

 

 

自分をねぎらうことは

 

 

自分に栄養をあげること

 

 

活力をあげること

 

 

前頭葉を活性化させること

 

 

 

 

 

 

結果をねぎらうんじゃなくて

 

 

気づいたこと

 

〜したいという意欲

 

行動したこと

 

 

 

 

 

 

自己否定や自己批判だって役に立つ。

 

 

そんなことに気づいた自分って

 

 

エライね。

 

 

と声をかけてあげられる。

 

 

 

 

 

自分が自分にかけてあげられるコトバが増えると

 

 

他人からの言葉も受け取れるようになっていく

 

 

 

 

自己否定や自己批判

 

そのままにしていると、

身体に悪影響を及ぼすけど

 

 

 

それに気づいて偉かったね。

 

 

そうコトバをかけることができたなら

 

 

 

自己否定や自己批判

 

自分をねぎらう材料になる。

 

 

 

 

栄養ときくと、

食べることを考えるけど

 

 

 

心に栄養を。

 

 

 

 

 

自分のことにたくさん気づこう。

 

 

自分のことをたくさんねぎらおう。

 

 

崖=不安感、孤独感、自己否定感は役に立つ

 

 

大前提として

全ての出来事、経験はなにかの役に立つ。

 

この捉え方を僕は採用する。

 

これまで外側の出来事に目を向けとりくんできたが

 

一番効果を感じたことは

 

自分の内面を、

何かの役に立つ前提で、

役に立たせること。

 

そうすると不思議と

 

怒ったり否定してくる人

がいなくなってきたような感覚になる。

 

 

ずいぶんヒトの優しさを感じたり、

深くつながれたりする。

 

 

 

だから

 

崖状態も必ず何かの役に立つ。

 

つまりは不安感孤独感自己否定感は

 

何かの役に立つということ。

 

 

崖状態のまま、はオススメ出来ないが

全て何かの役に立つと思えれば

崖状態は

 

階段状態

安心感つながり感自己肯定感

 

に気づかせてくれる。

 

 

 

 

 

崖状態も必ず何かの役に立つ。

 

 

自分の〇〇と〇〇は、全て何かの役に立つ

僕が現在学んでいる人間心理学は

 

犬飼ターボさんと言う人が最初に始めた人。

 

全て何かの役に立つという前提で

 

その役立ち度合いをみるように教えられる。

 

 

不安、恐れ、孤独、拒絶、自己否定(自分責め)、劣等感・・

 

怒り、悲しみ、寂しさ、恐れ、罪悪感

 

 

 

これらを「そのまま」にしていると

 

脳の前頭葉が活性化されず、

 

行動したくなくなるからだ。

 

 

 

 

 

マズロー欲求五段階説をもとに、

 

安心感(自分でホッと出来る)

つながり感(一人で感じられる)

自己肯定感(自分で自分をねぎらえる)

 

を満たしていくと行動「したい」からする

 

 

ようになっていくもの。

 

喜びから行動するようになっていく。

 

 

 

この反対は

 

 

恐れや不安感

(「ない」ものが目につく)

 

孤独や拒絶感

(違うとこが目につく)

 

自己否定感

(自分の役に立つと思ってないとこが目につく)

 

 

恐れから行動するようになる。

 

傷つきたくないから、何もしない

 

とか

 

しなきゃいけないから、

したくないことをする

 

とか

 

すべきだ!

からする

 

 

 

そうやって無理して疲れ果てていく。

 

僕も含め、大抵のひとはそれに気づかない。

 

 

前者を階段

安心感つながり感自己肯定感を階段を

登るように満たして喜びから行動する。

 

後者を崖

自分を否定し、孤独を感じ、不安にさいなまれるように落ちていき、行動しなくなる、

もしくは、身体が壊れるまで行動する。

 

 

の生き方としているが、

 

 

 

階段の状態だと幸せをとても感じる。

 

 

崖だと成功しても、

どこか不安がつきまとう。

 

 

 

 

流行りの

好きなことだけする

引き寄せ

七つの法則とか

 

 

とてもとても価値のあるものだけど

 

 

「崖」状態でするとうまくいかないもの。

 

 

 

自己啓発本の著者や

有名選手や歌手などなどは

 

とてつもなく偉大なのだけど、

 

 

 

長く続き愛される人は

 

「階段」にいて

 

あんなに成功した人なのになんで自殺を?

 

という人なんかは

 

「崖」

 

にいた人。

 

 

 

 

 

そして、

 

自己啓発本をいくら読んでも変われない、

 

変わったのはセミナーに参加した時が

一番で、

 

時間が経つと前の状態に戻る、というのは

 

 

「階段」の生き方が書かれてないから

 

著者たちは無自覚でそれをやっていることが多いから

 

自分で

安心感

つながり感

自己肯定感

 

を満たす方法が書かれていないから。

 

つまりは

自分で満たす習慣の身につけ方は

書かれていないから。

 

 

 

 

 

人間心理学は

 

そんな「崖」も肯定したうえで

 

「階段」の生き方をおしえてくれる。

 

 

その満たし方、

その習慣の付け方、

 

を学べる。

 

 

 

 

どんなに世間一般でマイナスといわれる

 

気持ちも感情も

 

エネルギーであり、

 

それをきちんと

「自分がする行動」で

「自分のため」

 

に注ぐこと。

 

 

マイナスだといわれる

 

気持ち

 

感情は

 

 

全て何かの役に立つ。

 

 

 

 

 

これが真実かどうかは

 

どうでもよくて、

 

この物事の捉え方を自分に取り入れると

 

人生楽しくなったなぁ

 

 

 

と、いうことで

 

 

 

これからの僕のブログは

 

 

 

自分の気持ち、

 

感情は全て役に立つシリーズで

 

 

1ブログ1テーマで

 

 

短く描いていきます。

 

 

 

 

 

 

意見やコメント大歓迎!

 

違和感感じてくれたこ

共感してくれたこ

 

他にもこんなふうに役立つのでは??

 

 

 

 

などなど。

 

 

 

 

 

 

スマホでブログ描いてると

 

フォルダ分けが出来ず心苦しいですが、

 

今後にも期待してください。

 

 

 

 

 

最後まで読んで頂いてありがとうございました。

 

 

読んでくれた方にとって

 

少しでも役に立てたらと思い

 

「僕」の学びを描いていきます。

 

 

 

 

これからもよろしくお願いします!

相手の人が言ってもらいたい言葉は

 

 

言語にしろ非言語にしろ

 

『私」の本音

 

本当の音色

 

『最初」に出た気持ち。

 

 

ほとんどの人は

それにだんだん気づかなくなっていくもの

 

いつしかわからなくなったり

 

形が変わってしまったり

 

こう思わせたいとか

 

こう思われたいとか

 

よくみせたいとか

 

そんなのが入り混じって

 

こんがらがって

 

疲れ果ててたのが

 

 

そう

 

 

なのです。

 

 

 

 

 

大丈夫

 

 

不安に感じたなら不安だと言えばいい

 

怖いのなら怖いと言えばいい

 

嬉しいなら嬉しいと言えばいい

 

 

 

 

大丈夫、繋がれるから

 

愛されるから

 

 

偽物じゃない

 

本当の安心感を感じれるから

 

 

 

 

 

 

子供が愛されるのは

 

 

そういうことなんだなぁ

 

 

 

自分が本当に言いたい言葉を

 

 

表現しよう。

 

 

 

 

 

相手のひとが一番聴きたいコトバは

 

 

 

 

 

あれこれ考えたコトバじゃなく

 

 

 

 

 

 

僕が本当に表現したいことだから。

嫌いだっていってもいい

これは言っちゃいけないと思うんですけど・・

 

 

いいですよ、聴かせて

 

 

みんな死ねばいいのに

 

って

 

 

思ってしまったんです。

 

 

 

 

いいじゃないですか

 

 

想いに

 

いいもわるいもないんですよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辛かったね

 

苦しかったね

 

怖かったね

 

自分に十分に

 

その感情を

 

感じさせてあげてね。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は最近改善しようと想ってることがある。

 

 

 

自分のことを嫌いだ、

 

好きになりたくありません。

 

 

という人に

 

段々自分のことを認められるようになったら

 

人生もっと楽しくなりますよ

 

楽になりますよ

 

 

だからその練習をしてみませんか?

 

 

という提案をしていた。

 

 

返答は

 

やりたくありません。

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 

 

僕は答えを用意しようとしていた。

 

 

自分がその人にとって役に立つと

 

信じたものを

 

先回りしてその人に渡そうとしていた。

 

 

 

それ自体、その自分自心の想い自体は

 

僕自心の大切なコト。

 

 

 

ただ相手に向き合う時は

 

答えを用意するのでなくて

 

見守る側になろうと想った。

 

そのひとの想いを映すように。

 

 

 

 

 

僕が答えを用意するのでなく、

 

 

この人はどこに向かいたいんだろう

 

その先にどんなところにたどり着くんだろう

 

 

相手を信じる自分を信じながら。

 

 

 

 

自分のことを嫌いだ

 

っていうその人に対しては

 

存分に嫌いだ

 

って言わせてあげようと想った。

 

 

僕にできるのは

 

安心感や包容力のある空間を創ること。

 

信じて見守り続けること。

 

相手が浸りたい感情に浸らせてあげること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相手のことを

 

嫌いだって想ってもいい。

 

自分のことを

 

嫌いだって想ってもいい。

 

 

 

 

 

感情を感じきったら

 

 

十分に浸らせてあげる場を提供できれば

 

 

 

 

答えは自ずとその人が見つけるのでしょう。