死にたいって、言って良い。 精神保健福祉士ともひろのブログ

マイナス感情の中の望み(意欲)に気づいた時。

イライラのススメ

イライラしていい

 

怒りを感じてもいい

 

 

その感情を感じてる時、

 

頭に浮かんでくる声に耳を傾けて、

ただ頭の中で読み上げてみる、

〜って思ってるな、って。

 

 

ただ眺めてみてもいいし、

ただきいてみてもいい。

 

 

そして私にはどんな意欲(望み)があるから

その怒りが生まれてくるのか

 

 

自分からこたえが帰ってくるのを

ただ待ってみる。

 

 

 

怒りのおかげで

僕は僕を知ることができる。

 

 

ここ最近は、

自分がよくわからなくなってきたら

敢えてイライラすることに取り組む。

ことにしようと想う。

その人にどう思われるかよりも

その人は、

 

どうして欲しいのか。

どうしたいのか。

 

私はどうしたいのか。

 

私達はどうしたいのか。

 

 

パチっと一致した音が

聴こえた気がしたら、

 

行動に移せばいい。

 

 

まず自分を大切にすること。

 

その上で、

相手が在るから私も在るのだから

 

先に相手がどうして欲しいのか想いを馳せる。

 

私もしたいことなら行動する。

 

そうでないなら無理をしない。

ただ自分に向き合う機会にするだけ。

 

 

 

 

どう思われるかばかり気にしてきた。

自分のことばかり考えてた。

 

自分のことを守ろうとしていた僕に、

今までありがとうと告げて、

 

 

目の前の人の、

 

どうして欲しいのか。

どうしたいのか。

 

僕は、

 

どうしたいのか。

 

僕たちはどうしたいのか。

 

 

ただそこに想いを馳せられるように

 

取り組むと、

違った景色が見えます。

 

意欲に気づくこと

ポジティブシンキングでもない

フレーミングでもない

 

 

意欲に気づくこと。

 

 

「私は愛されないんです。」

 

という人がいるのなら

 

 

そんなことないよ、

いつか良い人があらわれるよ、

みんないるよ、あなたは愛されてるよ

 

 

ということもその人の愛情あってこそ

なのだと想うのだけど、

 

 

僕は

「どうしてそんなに愛してほしいんだろう 」

「どうしてそんなに愛したいんだろう 」

 

 

と聴いてあげたい。

 

 

 

意欲はもともとその人の内側にあるもの。

その人の本当の望み。

それに気づくきっかけになりたい。

昔の自分が嫌いなんです。

昔の自分が嫌いだし、

あの頃の自分に戻りたくありません。

 

 

という利用者。

 

 

そんな頃の自分のことも

許し受け入れ手放しましょう。

 

 

という相談員。

 

 

 

 

利用者は、

許したくない、受け入れたくないという。

 

 

 

その一コマについて

どうこういうつもりはないのだけど

 

 

ただ昔の嫌いだった自分は

ただ愛してあげればいいのだと想った。

 

 

本当はどうして欲しかったのか

本当はどうしたかったのか

 

そして私にはどんな愛情があったのか

 

 

昔の嫌いだった自分に聴いてみて

ただ頭を撫でてあげればいい。

 

 

 

僕も昔の自分は嫌いだった。

 

人の目ばかり気にする、

批判ばかりする、

相手のせいにばかりする、

言いたいことが言えない、

嫌われたくない、

よくみられたい、

自分のことばかり考えてる、

いつもビクビクしてる、

何と戦ってるかもわかってない、

 

 

 

うん、おもったよりたくさん出てきた

(しかも淡々と)笑

 

 

 

で、あのころの僕は

どうして欲しかったのか聴いてみる。

 

愛して欲しかった。

自分のことをわかってほしかった。

ただ耳を傾けてほしかった。

繋がってほしかった。

 

 

どうしたかったか、

 

愛したかった。

わかりたかった。

自分のことを守りたかった。

自分に価値があるって思いたかった。

繋がりが欲しいって叫びたかった。

 

 

 

そう、ただ繋がりが欲しかっただけだし

自分を大事にしたかっただけ。

 

なにより僕はヒトとの繋がりを

感じたい人なのだと気づかせてくれる。

 

嫌いな自分は

本当の私はどんな人かを教えてくれる

私の意欲(望み)を教えてくれる

 

だから

ありがとうって握手しよう。

 

 それは、

嫌いだった記憶が

愛おしい記憶に変わる瞬間なのしれない。

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに自分のことが嫌いだって、

自分を責める時がある。

 

でも責めるのは

それだけ自分に期待してるから

出来るって信じてるから

 

責めるということは、

角度を変えてみれば

激励してるし応援してるよなって

気づいた時、

自分を責めることも

肯定出来るようになりました。

 

 

批判や否定をされた……と、感じたら

価値観、

どういう前提に立ってる人なのか、

 

 

大事にしてる考えは何か

 

 

それに気づく機会にできるのだとおもう。

 

 

僕自身についてもそう。

 

 

 

お互いの大事にしてる考えかたを

分かち合う機会に、

つながりを深める機会に、

 

そして調和できる機会にしたい。

違う、それじゃない

むかしから

人に褒められるのが苦手だった


褒められても

 

違う、それじゃないって

 

だからすぐ

そんなことないですよって


受け取らない。

 

本当の僕を見て欲しい

気づいて欲しい

僕の褒めて欲しいところを
褒めて欲しい

 

 


ただ

100パーセントわかるはずがない

当たり前なのだけど

その人は僕じゃないから。

 

でも

 

わかって欲しいっておもっていい

気づいて欲しいっておもっていい


ただ相手も同じように
おもっていることに気づこう

 

その人が褒めてくれたことが
かけて欲しい言葉でなくても
言って欲しい言葉でなくても

 

その言おうとしてくれた、
表現しようとしてくれた

意欲に想いを馳せよう。


どうしてそう言ってくれるのか


気づけた時

 

教えてもらった時

 

受け取れた時

 

 


つながりは深まるのだと想う。

 

独りになりたい

もうほおっておいてください。

 

 

みんなに迷惑かけたくないんです。

 

 

もうイヤなんです、独りになりたいんです。

 

 

でも、ひとりぼっちなんだって

泣きそうな声で訴えるその人

 

 

 

 

つながりが

欲しくて欲しくて仕方ない

 

つながりをうまく

実感できないから

 

つながろうとしても

うまくいかないことばかりだから

 

 

なら独りを選ぶ。

 

ヒトは快感を感じることよりも

苦痛を避けることを重要視するらしいけど

 

ホントウにその人にとって

クルシイことはなんだろう

 

その言葉の奥には

つながりを求めてる

欲しいって叫んでる

その人がいるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

本当は〜したい、したかったんだって

 

ぶつけてもらえるような

 

そんなきっかけになれるように。